モラハラは話し合いにならない?何百回も話して分かったこと

モラハラ夫とは、話し合いができるのでしょうか。

私も最初は、

「ちゃんと話せば分かってくれるかもしれない」

と信じていました。

夫婦なのだから、問題が起きたら話し合って、お互いが納得できる答えを見つけていく。

だから私は、何百回も話し合いをしようと試みました。

伝え方を変えたり、タイミングを変えたり、相手の気持ちを考えながら言葉を選んだり。

そのときの自分にできることはほとんど試しました。

しかし、夫との話し合いは最後まで成立しませんでした。

この記事では、私がなぜ話し合いで解決できると信じていたのか、実際にどんな伝え方を試したのか、そして何百回話しても話し合いにならなかった理由を、実体験をもとに書いていきます。

もし今、「伝え方を変えれば分かってくれるかもしれない」と頑張り続けている方がいたら、私の経験が一つの参考になればうれしいです。

目次

話し合いで解決できると信じていた

私はもともと、人間関係の問題は争いではなく、話し合いで解決するものだと考えています。

ですが、すべての人と分かり合えるとは思っていません。

話が通じない人や、どうしても価値観が合わない人とは、距離を置けば済む話です。

でも夫婦はそうはいきません。毎日一緒に生活する以上、問題が起きたら向き合って解決していくしかないと思っていました。

私は長い間、傾聴やコミュニケーションについて学んでいます。

相手の話を最後まで聞く、感情的にならずに伝える、誤解が生まれないように言葉を選ぶ、自分がされたらいやなことはしない、ということを常に念頭に置いています。

とはいえ、何でもかんでも話し合おうとするタイプではありません。

些細なことまで指摘していたらお互い疲れますし、自分までイライラするだけです。

人にはそれぞれ癖もあるので、「まあ、これはいいか」と流せることは流します。

でも、人格を否定されること、怒鳴られること、何度やめてほしいと伝えても繰り返されること。見て見ぬふりをしたら自分が苦しくなることだけは別です。

だから私は話し合う内容を選び、本当に大切なことだけを何度も話し合おうとしていました。

「伝え方を変えれば伝わるかもしれない」

と、何度も考えました。

一度で伝わらなければ言い方を変える。タイミングを変える。相手が落ち着いている日を選ぶ。それでもだめなら、また別の方法を試す。

それを何百回も繰り返しました。

話し合いを諦めなかったのは、夫を言い負かしたかったからではありません。

本当は夫自身の問題です。それでも私は、それを夫婦の問題として、一緒に向き合っていきたかったのです。

私が実際に試した話し合い

話し合いがうまくいかないたびに、

「私の伝え方が悪かったのかもしれない」

と考えていました。

だから、一つの方法がだめなら別の方法を、それでもだめならまた別の方法を、と何度も試し続けました。

伝え方だけでなく、話すタイミングや手段、自分の対応まで変えました。思いつく限りのことはやったと思います。

話すタイミングを変える

疲れている平日を避けて休日にしたり、機嫌が良さそうな日を選んだりしました。

相手が怒っている最中ではなく、落ち着いているときに話すなど、「いつ伝えるか」も何度も変えました。

冷静に落ち着いて話す

話し合いになるように、できるだけ穏やかな声で話しました。

夫が感情的になっても、こちらは声を荒らげず、責める口調にならないように気をつけました。

アイメッセージで伝える

「あなたが悪い」ではなく、「私はこう感じた」という伝え方を意識しました。

相手を責めるのではなく、あくまで自分の気持ちとして伝えれば、受け取ってもらいやすいと思ったからです。

手紙やLINEで伝える

面と向かって話しても成立しないときは、手紙やLINEで伝えることもありました。

読んでもらえると思って書いたのではありません。口頭での話し合いができないなかで、残っていた手段が文章くらいだったからです。

嫌なことはその場で伝える

我慢ばかりしていたわけではありません。

「怒鳴るのはやめて」

「その言い方は嫌だ」

と、その場ではっきり伝えることもありました。

黙って耐えるのをやめれば何か変わるのか、それも試しました。

それでも何度も話し合いを試みる

私は、何も生まない争いが大嫌いです。

お互いにとってプラスになるなら、意見をぶつけること自体は悪いと思っていません。ただ、怒鳴り合ったり、同じことを繰り返したりするだけの争いに、時間もエネルギーも使いたくありません。

だから、どうすれば普通に話ができるのかを考えながら、何度も話し合いを試みました。

穏やかに話しても、タイミングを変えても、文章にしても、その場ではっきり伝えても、結果は同じでした。

話し合いにならなかった理由

私は、話し方だけでなく、タイミングも伝え方も何度も変えました。

それでも成立しなかったのは、伝え方の問題ではなく、そもそも話し合いというもの自体が成り立っていなかったからです。

当時は、

「私の伝え方が間違ってたのかもしれない」

「何か気に障る言い方をしたのかもしれない」

と思っていましたが、どんな伝え方をしても、結末はいつも同じ。

怒鳴られるか、話をずらされるか、いつの間にか私が悪者になっているか、そのどれかか全てです(笑)

話し合いの途中で怒鳴り始める

夫は、話し合いを始めて数分後に怒鳴るのではありません。

ほとんどの場合、私が一言目を返した時点で怒鳴ります。

話し合いが「こじれて」怒鳴るのではなく、始まった瞬間に終わります。

話の論点がどんどん変わる

最初に話していた内容はいつの間にか脇に置かれ、昔の話、全然関係ない話、私への不満へとすり替わっていきます。

私が話を戻そうとしても、また別の方向へ。

こうやって毎回夫は、一度も本題にたどり着かないまま話を終わらせます。

論点をずらせば、その場は逃げ切れます。

でも同時に、問題と向き合って変わる機会も、毎回自分の手で潰していたのです。

人格否定が始まる

怒鳴り始めたら、そこから攻撃の対象が「問題」から「私(妻)自身」に移っていきます。

人格、性格、育ち。話していたはずの内容とは何の関係もないところまで否定される。

そうなると、もう話し合いどころではありません。心が折れて涙が出そうになることもありました。

でも、泣いたら「泣けば済むと思ってる」と言われるのは目に見えていたし、そういう隙を与えたくなかったからです。

だから涙が出そうなときは、その場を離れて一人で泣いていました。

落ち着いてからもう一度話そうとしても、結局また同じことの繰り返しでした。

→ 夫源病チェックシート|モラハラ夫が原因で身体症状が出た私の実体験

自分が被害者になる

私は「この行動をやめてほしい」という問題の話をしていました。

ところが話しているうちに、

「傷付いたのは俺だ」

「責められている」

「お前の言い方がひどい」

「お前は頭がおかしい」

という話に変わっていきます。

最初の問題はどこかへ消え、夫自身が被害者という構図になるのがお決まりのパターンです。

私が伝えていたのは、怒鳴ることと人格否定をやめてほしい、私お願いはそれだけでした。

なぜなら、怒鳴りながらでは話し合いはできないからです。

怒鳴れば視野が狭くなり、冷静な判断ができなくなる。

そうなった人間にできるのは、目の前の相手を言い負かすことだけで、問題を解決する話し合いなど不可能です。

問題を解決したいなら、まず冷静に話せる状態が必要。その理由も何度も説明しました。

それでも夫は、

「怒鳴らせるお前が悪い」

「俺は被害者だ」

という前提を最後まで変えませんでした。

怒りには防衛反応みたいな側面がある、という話は私も知っています。

でも、だからといって人を怒鳴っていい理由にも、人格を否定していい理由にもなりません。

というかむしろそんなことばかりを繰り返す人は最低だと思っています。

夫はそこまでして「被害者」でありたいのか、と。

夫はこれまでに自身の問題と向き合うチャンスがたくさんあったのにも関わらず、

「怒鳴ること自体が問題だ」

という認識だけは、最後まで夫と共有できませんでした。

話し合いではなく「勝つこと」が目的になる

私にとって話し合いは、勝ち負けでは決してありません。

夫婦は対等なのだから、お互いの言い分を聞いて、二人で問題を解決するためのものだと思っていました。

でも、そう思っていたのは私だけで、夫にとっての話し合いは、勝つこと、言い負かすこと、自分を正当化することです。

そのためならどんな手でも使います。怒鳴る、論点をずらす、被害者になる。

だから私が何を言っても、それは「検討する意見」ではなく「打ち負かす対象」でしかありません。

勝ち負けが目的の夫にとって、私を言い負かせるなら、その過程で私がどれだけ精神的ダメージを受けようが関係ないのです。

話し合いで変わる人と変わらない人の違い

何百回も話し合いをして、骨身に染みてわかったことがあります。

話し合いは、相手にも「問題を解決したい」という意思があって初めて成り立つ、ということです。

正直、そんなことは最初から分かっていましたが、それでも夫婦である以上、お互いに歩み寄るものだと思っていたのです。

「自分にも改善するところがあるかもしれない」

「まずは相手の話を聞いてみよう」

「悪かったところがあれば謝ろう」

「話し合いの中で、何かいい答えが見つかるかもしれない」

お互いにそういう姿勢があれば、意見がぶつかっても歩み寄れる可能性はあります。

一方で、

「自分には問題がない」

と思っている人とは、話し合いは成立しません。

何を伝えても「悪いのは相手」という前提が変わらないからです。

そこに被害者意識と、「相手に勝ちたい」という気持ちが加わると、もう話し合いの形すら保てません。

私の夫は、言わずもがな後者です(笑)

だから、私が伝え方を変え続けても、結果は変わりませんでした。

夫が変わる可能性については、3年半向き合った経験を別の記事で詳しく書いています。

👉 モラハラ夫は変わるのか?3年半待った結果

私が何百回向き合って出した結論

私は、話し合いが嫌いだから諦めたわけではありません。

むしろ、最後まで話し合いで解決したいと思っていましたが、夫に話し合いを強制したかったわけでもありません。

ただ、怒鳴ることや人格否定は、普通に考えて異常です。

そこをやめてほしいと伝えることは、無理な要求ではないはずでした。

伝え方も、タイミングも、言葉の選び方も、そのときの自分にできることは何度も試しました。

しかし残念ながら、夫との話し合いは最後まで成立しませんでした。

そもそも、原因は私の伝え方ではなく、話し合いの前提となる「何が問題なのか」という認識が、私たちの中で最後まで一致していなかったからです。

私にとって問題だったのは、夫が怒鳴ることと人格否定です。

これは「昔ながらの雷親父」みたいな話ではなく、精神的DVです。でも夫にとって、それらは全く問題ではありません。

むしろ夫は、

「お前を愛してるから怒鳴ったり人格否定をしてるんだ」

とか意味の分からないことまで言い出します。

いや、愛してたら言わないだろ。あんた頭に何か沸いてるんとちゃうか。

夫にとって「私が、人格否定をしたり怒鳴るのをやめてほしい」と言うことが問題であり、それ以前に、夫はそもそも「怒鳴ることや人格否定がなぜいけないのか」を理解していません。

自分は間違っていない。だから直す理由もない。この感覚がどこから来るのかについては、別の記事で書いています。

👉(発達障害グレーの記事リンク)

この認識が夫の中で最後まで変わらなかった以上、何百回話し合っても同じ結果になるのは、当然だったのかもしれません。

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