「外ではあんなに優しい人なのに、本当にそんなことをするの?」
モラハラ被害について相談したとき、このような反応をされたことがある方もいるかもしれません。
私の夫も、外では、
「優しそうな旦那さん」
「おとなしい旦那さん」
と言われることが多く、周囲から悪い印象を持たれたことはありません。しかし、家の中ではまったく違います。
些細なことでキレる、怒鳴る、人格を否定する、嫌だと伝えたことを何度も繰り返す。外で見せる姿と家の中で見せる姿は、全くの別人です。
そして、この「外面の良さ」は、被害者をさらに苦しめます。加害者が周囲から「いい人」と思われているほど、被害を打ち明けても信じてもらえないことが少なくありません。
この記事では、私が実際に経験した「外では優しい夫」と「家では怒鳴り散らす夫」の違いや、その外面の良さが被害者にどのような影響を与えるのかを、実体験をもとに書いていきます。
外面がいいモラハラ夫は家で別人になる
そもそも私の夫は、人付き合いが得意ではありません。自分から積極的に話しかけることも少なく、相手が喜ぶ話題を考えたり、会話を広げたりすることも苦手です。
そのため、外ではどちらかというと静かにしていることが多く、
「穏やかな人」
「優しそうな人」
という印象を持たれます。実際にも、
「優しそうな旦那さんですね」
「おとなしい旦那さんですね」
と言われます。夫はほとんど一人で出かけないので、外にいるときはいつも私が一緒です。その姿を見て、「尻に敷かれている旦那さん」と勘違いされていると思います。
しかし、その印象と家の中での姿はまったく一致しません。家では、些細なことで突然怒鳴り、人格を否定します。
「嫌だからやめてほしい」
と何度伝えても、同じことを毎日何度も繰り返します。
外での夫の姿だけを知っている人が、この様子を想像するのは難しいと思います。家の中で起きていることは、一緒に生活をしている人にしか見えないことがあると私は感じています。
「優しい旦那さん」というイメージは簡単には崩れない
人は、最初に抱いた印象をその後も引きずります。
特に、声を荒らげず、目立った失礼もない人は、「感じのいい人」として記憶されやすいです。一度そういうイメージが定着すると、その評価は簡単には変わりません。
私の夫は、相手に合わせてコミュニケーションを取ることをしません。
相手が何に興味を持っているのかを考えたり、その場の流れに合わせて話題を選んだりすることもしません。そう言ったことは苦手のようです。
その結果、自分から会話に入れず、ただ黙っていることが多くなります。
夫自身も、会話が続かない理由を振り返ったり、改善しようとしたりすることはありません。
ただ私は、それ自体は悪いことだとは思っていません。
人には得意・不得意がありますし、コミュニケーションが苦手だからといって、それだけで問題があるとは思わないからです。
問題は、その負担が毎回私に向かってくることです。
夫の外面を支えていたのは私でした
夫の外面の良さは、夫の力ではありません。外出先でいつも何が起きていたか、そこから書きます。
「俺の言いたいことを通訳しろ」
外出先では、私は会話の中心になるよりも、一歩下がって夫の通訳をすることの方が多いです。今も、必要なときはします。夫が話したい内容を日本語に訳し、会話に入れるよう手伝います。
いつも夫が自ら話したがるときは、その場の流れとは関係のない話題を長く話そうとします。
たとえば、全員がサッカーの試合について盛り上がっているときに、突然スタジアムのオーナーやそのスタジアムの歴史について長く説明し始め、それをすべて通訳するよう私に求める、といったことです。
夫:「そのスタジアムは19○○年に建設されたんだ。その時の初代の選手は・・・うんたらかんたら・・・」
そのときのみんな:「○○がシュートを決めたー!!!」
こんな感じです(笑)はっきり言って、その話は今じゃないじゃないですか。
「ちょっと今みんなこれについて話してるよ」
と伝えても、
「いや俺の言いたいことを通訳しろ」
の一点張り。
それでも通訳しろとキレる。しませんけどね。こんなん通訳したら、空気読めない人確定ですわ。
何より、その場で盛り上がっている会話の腰を折りたくないです。場の空気を壊す役を、私に押し付けるなと思います。
空気読めない人認定されても伝えたいなら、私に頼るのではなく、スマホの翻訳機能を使って会話をする方法もあります。
相手の反応が薄ければ、
「この話題はあまり興味を持たれないんだな」
と分かります。
それもコミュニケーションです。しかし夫は頑なにそれをしません。
朝から晩までどこでもスマホを持っていく人なのに。代わりの方法を提案してもやらない。
それでも私には、
「やれ」
と言う。
正直、私は「それなら、相手にどう思われても自分で経験すればいい」と思っていました。
面倒なのは、夫だけじゃありません。周りからも「翻訳してくれないの?」と話が来ます。それ自体は自然なことだと思います。私もみんなで楽しく話すことは好きなので苦ではないです。
疲れるのは、訳すだけでは会話にならないことです。夫の話は流れと噛み合っていないので、そのまま訳すと相手の話の腰を折ることになる。
だから私が中身を考えて、その話の場が続くように翻訳内容を作り替えます。
ただの居酒屋の常連です。私に翻訳する義務はありません。
正直に言うと、おいしいものを食べにリラックスしに来ているのに、なんでこんなことに思考とエネルギーを使わないといけないのか、と思います。
結果的に、夫の評価を守っていたのは私だった
ところが、結果だけを見ると、夫の「おとなしくて優しい旦那さん」という周囲からの評価を守っていたのは私です。
支えてたのお前かい、という話です(笑)でも聞いてください。
夫の怒鳴り方は、人目があるかどうかで変わります。外ではある程度我慢します。それでも我慢できずにキレることはあるので、私が先になだめて止めていました。
外で怒鳴られたときも、私はその場を収めていました。モールのような、知らない人しかいない場所だと、当たり前ですが周りは素通りです。
夫は日本語を話せないので(話す気もない)、英語で何を言っているかも伝わらない可能性が高い。
「今日はたまたま機嫌が悪かったのかな」
「奥さんが何かしたのかな」
と受け取られる可能性もあります。
そうなれば、夫の本性が伝わるどころか、私までそこに行きづらくなります。
かといって、夫がどういう人なのかを説明したところで、分かってくれる人はほとんどいません。私が話しても、伝わるのは「怒りっぽい旦那さん」レベルくらいです。
ここから先は、本来なら医者の領域だと思っています。素人が説明できる範囲を超えています。
それに、夫は普段おとなしいと思われています。私も人前では夫を立ててきたので、周りから見れば夫は「いい人、優しそうな人」です。
その場で何か起きても、周りが見ているのは普段の夫です。私が何か言えば、私のほうが強く見えます。
男尊女卑なのか、夫が外国人だからなのか、理由は分かりません。
ただ、実際に「旦那さん、毎回奥さんに付き合って偉いね」と言われたこともあります。連れて行っているのも、通訳しているのも、その場を収めているのも私なんですけどね。
だから私は、いろいろ考えた末に、その場を収めるほうを選んでいました。
その結果、夫が外で怒鳴る姿はほとんど表に出ず、周囲には「優しい旦那さん」という評価だけが残りました。
自分が被害を受けないために動いていたはずなのに、結果として夫の外面まで守っていた。今振り返ると、何をやっていたんだ私は、と思います。
今は、夫がキレそうになったら終了です。「帰ろう」それだけ言って帰ります。
被害を打ち明けても信じてもらえないことがある
私は、夫のことを誰にでも相談していたわけではありません。外で見せる姿を知っている人に話しても、信じてもらうのは難しいだろうと思っていたからです。
本来ならこの夫の言動は、医者の領域だと思っていますし、そんな領域を一般の人が簡単には理解できないことだと思っています。
それに、結局最終的には、私自身にしか解決できない問題というのもよくわかっています。
それでも、10年来の仲が良かった友人に勇気を出して相談したことがあります。そうしたら返ってきたのは、以下の言葉でした。
「本当にその人がそんなことをするの?」
「あなたが大げさなんじゃないの?彼はいつもニコニコしてるのに」
「それってただの惚気(のろけ)?」
「あなたが普段から彼の嫌がることしてるからじゃない?」
「ていうかそもそもあんたこれまでモテてきてるから勘違いして、旦那のこと下に見てるんじゃない?」
「優しい旦那さん」という印象は、それほど強いものでした。その元友人は、私が被害を話しても信じないどころか、最終的に私の人格否定までしてきました。
私はそこに、外面の良さの怖さがあると感じました。家庭内で起きていることよりも、外で見えている姿の方が信じられてしまうからです。
さらに、悩みに悩んで相談した自称・毒親専門カウンセラーにも、夫の味方をされたことがありました。
肩書きがあるからといって、相手を客観的に見てもらえるとは限らないことを、そのとき痛感しました。
→ 自称・毒親専門カウンセラーに相談して傷ついた話|肩書きだけでは判断できない
→ モラハラを相談したら傷ついた|それはセカンドレイプかもしれない
外面の良さが被害者を孤立させる
モラハラ加害者の外面がいいと、被害者は孤立しやすくなります。
「どうせ信じてもらえない」
そう思うようになると、相談すること自体を諦めてしまう人もいるかもしれません。
私は、友人だと思っていた人や、自称・毒親専門カウンセラーに相談して傷つきました。もちろん、世の中には良いカウンセラーもいると思います。
でも、その人に出会うまで何人も探して、そのたびに一から説明して、また傷つくかもしれない。正直、それはタイムパフォーマンスが悪すぎると思いました。
モラハラ被害は、暴言や人格否定だけが苦しいわけではありません。
「被害を話しても理解されないかもしれない」
「また傷つくかもしれない」
そう思うことで、相談すること自体が怖くなってしまう人もいます。
私は、それが外面の良さの一番怖いところだと思っています。加害者が周囲から「優しい人」と思われているほど、被害者は助けを求めにくくなり、一人で抱え込んでしまいやすくなるからです。
それでも私は、「とにかく誰かに相談しよう」とは思いませんでした。誰かに理解してもらうことより、自分の頭の中を整理することが先じゃないか?と思ったからです。
そのとき私が選んだ方法については、こちらの記事で詳しく書いています。
→ ChatGPTとの対話で頭の中を整理した話|言語化が行動につながるまで