ガスライティングとは、加害者が「そんなことは言っていない」と自分の発言を否定したり、実際に起きた出来事をなかったことにしたりして、被害者に「私の記憶が間違っているのかもしれない」と思わせていく言動です。
私も夫から、
「お前は頭がおかしい」
「お前が悪い」
と何度も言われてきました。
でも私は、
「そうか、私の頭がおかしいんだ」
「私が悪いんだ」
と素直に夫の言葉を受け入れたわけではありません。
むしろ、
「この人、またひどいこと言ってるな」
と思っていました。
それなのに、夫が暴言を吐くたびに、「私にも何か悪いところがあったのかもしれない」と、自分の言動まで振り返るようになっていました。
夫の言っていることがおかしいと思っているのに、なぜ私は自分にも原因を探すようになったのか。
この記事では、ガスライティングとは何なのかを研究をもとに説明しながら、夫との間で実際に起きたことと、それを受け続けた私に何が起きたのかを書いていきます。
ガスライティングとは、相手に自分の記憶や感覚を疑わせる心理操作のこと
ガスライティングでは、殴る・蹴るといった目に見える暴力ではなく、嘘や否定、話のすり替えなどが繰り返されます。
そのため、されている側も「何が起きているのか」に気づきにくいことがあります。
語源は1938年の舞台『Gas Light』
イギリスの舞台『Gas Light』が語源です。
夫が屋根裏のガス灯をこっそり点けると、同じガス管を使っている家のほかのガス灯が暗くなります。
妻が、
「暗くなった」
と言うと、夫は、
「暗くなっていない、君の気のせいだ」
と返す。
これを繰り返して、妻に「私が間違ってるのかもしれない」と思わせていく話です。
1944年に映画にもなって、そこから「ガスライティング」という言い方が広まりました。
1969年、精神科医が「ガスライト現象」を報告
「ガスライティング」が医学論文で扱われたのは1969年です。
精神科医のバートンとホワイトヘッドが、医学誌『ランセット』に「ガスライト現象」という論文を発表しました。
論文では、家族から「精神的におかしい」と訴えられ、精神科で診察や入院をすることになった3人の事例が紹介されています。
そのうちの1人は、妻から、
「怒りっぽくなった」
「暴力的になった」
「記憶がおかしい」
と訴えられ、12日間入院しました。しかし、入院中に精神疾患は確認されませんでした。
その後、妻とその交際相手が、夫を精神科病院に入れたあと駆け落ちしようと相談していたことが分かります。
本人ではなく、周囲の人が「この人はおかしい」という話を作り、それによって本人の判断や信用まで疑われていく。
こうした事例を、2人は「ガスライト現象」として報告しました。
ガスライティングという診断名はない
ガスライティングは病名ではなく、相手の記憶や判断を疑わせるような行為を指す言葉です。
アメリカ精神医学会の診断基準にも診断名としては載っておらず、病院で「ガスライティング」と診断されることも、相手に「ガスライティングをする病気」という診断名がつくこともありません。
研究者は、ガスライティングをどう説明しているか
研究では、ガスライティングがどのように起こるのかを、二人の関係や社会にある偏見などから説明しています。
社会にある偏見も利用される
社会学者のペイジ・スウィートは2019年の論文で、社会にすでにある偏見がガスライティングに利用されることがあると説明しています。
たとえば、社会に、
「女は感情的だ」
という偏見があれば、それを利用して、
「妻が感情的になっているだけだ」
と片づけることができます。
さらに「あの人は不安定だ」という見方を作れば、その人が何を訴えても、
「あの人がおかしいからそう言っている」
と、周りから信じてもらえなくなることがあります。
「言ってない」「気にしすぎ」で話そのものを変える
ガスライティングでは、
- 「そんなこと言ってない」
- 「覚えてない」
- 「お前の記憶がおかしい」
- 「気にしすぎだ」
- 「被害妄想だ」
といった短い言葉で、相手の訴えを否定することがあります。
一方、否定された側が「実際にはこうだった」と説明しようとすると、どうしても話は長くなります。
すると、説明している側のほうが「細かいことにこだわっている」「しつこい」人のように見えてしまうことがあります。
そのうえ、本来は「そんなことを言ったか、言っていないか」という話だったのに、いつの間にか、
「お前は記憶力が悪い」
「気にしすぎだ」
と、相手の記憶や性格の問題に話を変えられてしまいます。
哲学者のシンシア・スタークは、このように話を相手側の問題へ移すやり方を「置き換え(displacing)」と呼んでいます。
加害者の言い分を被害者が丸ごと信じるとは限らない
ガスライティングが成立するために、被害者が加害者から言われたことを「その通りだ」と信じる必要があるのかについては、研究者のあいだでも意見が分かれています。
『The Gaslight Effect』を書いたロビン・スターンは、被害者が加害者の言うことを信じ、さらに加害者から良く思われたいと感じているときに、ガスライティングが成立するとしています。
一方、哲学者のシンシア・スタークは違う立場です。
スタークは、「お前の記憶がおかしい」「お前が間違っている」といった加害者の言葉を、そのまま事実だと信じていなくても、自分の判断に自信をなくし、「私は間違っていない」と言えなくなることがあるとしています。
本当に欠点があったとしても、それで全部が間違いになるわけじゃない
スタークはもうひとつ、興味深い問題を取り上げています。
たとえば「お前は記憶力が悪い」と言われた人が、本当に物忘れの多い人だったらどうなるのか。
スタークは、被害者にその欠点が実際にあったとしても、ガスライティングになり得るとしています。
たとえ普段から物忘れが多くても、今回の出来事まで記憶違いだったことにはなりません。
加害者は、被害者に実際にある欠点を持ち出して、自分の行動を正当化しているだけだとスタークは説明しています。
繰り返される精神的な支配は、法律上の問題になることもある
イングランドとウェールズでは2015年、親密な相手や家族に対する繰り返し・継続的な支配や強制が犯罪になりました。最高刑は5年です。
日本でも2024年4月から、重篤な精神的被害を受けた場合などにも、一定の要件を満たせば接近禁止命令等の対象が広がりました。
精神的DVそのものが一律に犯罪になるわけではありませんが、殴る・蹴るといった暴力がなくても、繰り返される精神的な支配が法的な問題になることはあります。
夫は「言ってない」を繰り返し、私の記憶がおかしいことにする
夫が今でも何度も繰り返すのが、
「俺は言ってない」
です。
私が、
「さっき、こう言ったよね」
と具体的に説明しても、夫は言った内容について反論するのではなく、その発言自体をなかったことにします。
それでも私が「言った」と説明すると、今度は、
「お前は頭がおかしい」
と言われます。
「言ってない」で逃げて、最後は「お前がおかしい」。夫の得意技です。
夫は「みんながお前を嫌っている」という嘘を繰り返す
「お前は誰にも愛されない」
「お前の家族は、お前がいると不幸だ」
「みんながお前を最低な人間だと思っている」
夫は、自分の考えを「みんなもそう思っている」という話に変えて、私を否定します。
当然、夫が本人たちに確認したわけではなく、夫が勝手に作った話です。
自分一人の意見なのに、なぜか「みんな」の意見になる。
そして最後は、
「だから俺が正しい。お前が間違っている」
という話になります。
夫の言葉を信じていないのに、私は自分を疑い続けた
「私の伝え方が悪いのでは」と考え続けた
一つの方法でうまくいかなければ、自分の行動をもう一度振り返り、別の方法を試す。それを何度も繰り返していました。
「私の言い方が優しくなかったのかもしれない」
「伝えるタイミングが悪かったのかもしれない」
「もっとわかりやすい話し方があるかもしれない」
夫から「お前が悪い」と言われたから、「そうか、私が悪いんだ」とそのまま受け入れていたわけではありません。
「どこが、どう悪かったんだろう」
「私にも直せるところはなかっただろうか」
と、自分で考えていました。
私はもともと、何か問題が起きると、まず自分の言動を振り返る癖があります。
だから夫から理不尽なことをされても、
「また同じことが起きないようにするには、私はどうすればいいんだろう」
と考えて、夫への接し方を変え続けていました。
夫の問題まで、自分の問題として考えていた
当時の私は、夫が怒るかどうかは、自分の行動次第だと思っていました。
夫が怒りそうなら先回りして機嫌をとる。怒鳴られれば、
「次はどうすれば怒らせずに済むだろう」
と考えて、また別の方法を試していました。
ガスライティングと暴言を受け続け、私は疲れ切っていった
こうしたやり取りが続くうちに、私は夫に説明することが嫌になっていきました。
夫以外の人と関わることまで億劫になり、外に出ると人目が気になって、強いストレスを感じるようにもなりました。
「愛してる」と言われるたび、暴言がフラッシュバックするようになった
ある日、夫から「愛してる」と言われた瞬間、それまでに怒鳴られたことや言われたことが一気に蘇りました。
その直後、とても気分が悪くなり、
「あれだけ傷つけておいて、愛してるって何?」
「愛しているなら、どうしてあんなことができるんだろう」
「そもそも愛するって何なんだろう」
と、夫の言っていることの矛盾が、グルグルと頭の中を回り続けるようになりました。
夫は「愛してる」と毎日何度も言います。多いときは、5分おきに言われることもあります。
そのたびに夫の暴言が蘇り、「愛してる」と言われること自体が、死にたいと思うほど苦痛になっていました。
身体にも症状が出るようになった
夫に怒鳴られると頭が真っ白になり、動悸がするようになりました。顎もこわばり、激痛が走りました。
不眠も続き、ベッドに入って一人になると自然に涙が出ることもありました。
朝起きたときから疲れていて、夫が同じ空間にいるだけでも強いストレスを感じるようになっていました。
最終的に、私は精神科を受診した
ある日、夫と車に乗っていると、些細なことから夫が怒り出し、いつものように暴言が始まりました。
その中で夫から、
「お前は頭がおかしい。精神科に行け」
と言われ、さらに、
「なんなら今から行くか?」
とまで言われました。
私は後日、夫には内緒で本当に精神科を受診しました。
診察では、夫との間で起きていたことや自分に出ていた症状を伝え、自律神経の不調、適応障害、パニック、不眠と診断され、診断書ももらいました。
受診までの詳しい経緯は、別の記事に書いています。
→(内部リンク:診断書を取りに行った記事)
ガスライティングは、気づかないうちに洗脳されていくようで怖い
夫から「お前が悪い」「お前は頭がおかしい」と言われても、最初は「いや、夫の言っていることがおかしい」と思っていました。
でも、それを何度も繰り返されるうちに、夫が怒ったときにはまず、
「私の言い方が悪かったのかな」
「私にも何か原因があったのかな」
と、自分の言動を確認するようになっていました。
最初は信じていなかった夫の言葉を、自分でも気づかないうちに少しずつ信じるようになっていたんです。
今思うと、これもう洗脳みたいなもんだったんじゃないかと思います。
参考文献
- Barton, R. & Whitehead, J. A. (1969). The Gas-Light Phenomenon. The Lancet, 293(7608), 1258–1260.
- tern, R. (2007). The Gaslight Effect. Morgan Road Books.
- Stark, C. A. (2019). Gaslighting, Misogyny, and Psychological Oppression. The Monist, 102(2), 221–235.
- Sweet, P. L. (2019). The Sociology of Gaslighting. American Sociological Review, 84(5), 851–875.
- Serious Crime Act 2015, Section 76.
- About DSM-5-TR|American Psychiatric Association
- 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律の一部を改正する法律(令和5年法律第30号・令和6年4月1日施行)
- 改正配偶者暴力防止法の施行について|内閣府
- 配偶者暴力防止法に関するQ&A|内閣府男女共同参画局
- Gaslightの由来|BFI