モラハラはスピリチュアルで解決するのでしょうか。
10年以上スピリチュアルを信じて、夫との関係にも取り入れてきた私の答えは、
「解決しません」
です(笑)
私は20代中盤からスピリチュアルの世界にどっぷり入り、宇宙の法則、引き寄せの法則、セミナー、神社めぐり、食事の改善まで、思いつくものはほとんど試しました。
夫と出会ったのはその何年も後ですが、当然のように、夫との関係にもスピリチュアルな考え方を持ち込みました。
「私が変われば夫も変わる」
と本気で信じこんでいました。
この記事では、スピリチュアルの考え方を取り入れながら「自分を変える努力」をした私と、その間も同じ言動を繰り返していた夫に、何が起きたのか(正確には、夫がどう変わらなかったのか)を書いていきます。
私がスピリチュアルにハマった経緯
「私が変われば夫も変わる」を信じるまでには、前段階があります。
夫と出会うずっと前から、私はスピリチュアルの世界にいました。
まずは、私がどこから入ったのか、そしてなぜ抵抗なく入れたのかから書きます。
引き寄せの法則から始まった
私がスピリチュアルに興味を持ったのは、20代中盤のころです。入口は引き寄せの法則でした。
なぜ引き寄せだったのか、はっきりした理由は自分でも覚えてません。
ただ、当時の私は母との関係に長年苦しんでいて、
「この苦しさに意味があるなら知りたい」
と思っていた気がします。
本は何十冊と読み、YouTubeもめちゃくちゃ視聴しました。興味を持ったセミナーがあればそこにも参加しました。特定の宗教には入りませんでしたが、宗教についてもいろいろ読みました。
住んでいる県だけでなく、他県の神社にも何度も足を運びました。
家に神棚を祀り、毎月決まった日にちにはお米・塩・水・酒・榊を交換し、毎日お水も変えて、日ごろの感謝をお祈りしたりもしてました。
見えない世界が普通の環境だった
私は沖縄出身です。家に仏壇があるのは当たり前で、実家もお盆やシーミー、旧暦の行事は当たり前のイベントです。
沖縄には、そこら中に御嶽(うたき)があって、
「ユタ半分、医者半分」
という言葉があるくらい、困りごとをユタに相談するのも特別なことではありません。
私の周りにも、「見える」「感じる」という人は普通にいました。
戦争で亡くなった人の話を身近に聞く機会もあり、私にとって亡くなった人の話は、単なる怖い話という感覚ではありませんでした。
といっても、沖縄の人がみんな見えない世界を信じているわけではありません。
私のひいおばあは屋敷の御願(うがん)をちゃんとする人だったそうですが、祖母はユタを信用しておらず、お金のかかる仏壇の行事も嫌っていました(笑)
本当、ばぁちゃんはめちゃくちゃ地に足ついてた。
信じる人も、嫌う人も、同じ家の中に普通にいる。それくらいの距離感で、見えない世界の話が日常のそばにある環境でした。
だから、スピリチュアルの世界に入ることに抵抗は全くありませんでした。むしろ、地続きでした(笑)
モラハラを「魂の課題」だと思っていた頃
夫のモラハラが始まってから、私はスピリチュアルの考え方に当てはめて考えていました。
安心してください、全てではありません(笑)
普通に「おかしい」と思う頭もありました。
私が取り入れていたのは、引き寄せの法則や波動の話だけではありません。
仏教やキリスト教、ユダヤ教などにも触れながら、
「これは自分にも取り入れたい」
と思う考え方は取り入れていました。
その中でも、私は「慈愛」という考え方が好きでした。これは今でも好きです。
ほかにも、相手を受け入れること、許すこと、自分の中の執着を手放すことなどを大切にしていました。
こうした考え方を、今になって全部間違っていたと思っているわけではありません。
ただ、夫との関係では、それらが私を苦しめる方向にも働いていました。
10年近くかけて自分の中に染み込んだ考え方だったので、苦しくなると、
「この出来事にはどんな意味があるんだろう」
と考える癖が出ていました。
当時の頭の中を、そのまま書きます。
「これは私に与えられた学び」
当時の私が信じていたのは、こういう考え方です。
人生で起きる苦しい出来事は、魂を磨くための学び。乗り越えれば魂が成長して、ステージが上がる。そして、同じ悩みが何度も繰り返されるのは「あなたの課題ですよ」というサイン。
怒鳴られる日々は、この枠組みに完璧にはまりました。何度も同じことが起きるんだから、これは私の課題に違いない、と。
ずるいのは、この考え方が半分まともなことです。「困難から学べることがある」自体は、スピリチュアルじゃなくても言われることだし、私自身、問題や課題が起こると「この出来事から何を学ぶのか」を考えるタイプです。
ただ、私が触れてきたスピリチュアルでは、そこに魂だの過去世だのステージだのが加わります。
まともな考え方と一緒に語られるので、当時の私はおかしいと気づけませんでした。
「過去世のカルマが返ってきた」
過去世で私が夫にひどいことをしていたから、今世で同じことをされている。本気でそう考えていた時期があります。
さらに巧妙なバージョンもありました。
「夫は、私に『自分を大切にすること』を教えるために現れた存在」
ウェイクアップコールというやつです(笑)
これはスピリチュアルだけじゃなく自己啓発でも語られますが、どっちにしろ、今は嫌いです。
「過去世があるかどうかなんて知らんがな。現世で私は夫に精神的DVをしてないんだわ」
「私が変われば夫も変わる」を実践した結果
私は、夫との関係を良くするために、自分を変えることに力を使っていました。
「私の考え方が変われば、夫も自然に変わるかもしれない」
「私の波動が上がれば、夫の怒りも落ち着くかもしれない」
「私がもっと感謝すれば、関係もよくなるかもしれない」
と、本気で考えていました。
だから、夫に怒鳴られるたびに、自分の内側を見直しました。
言い方が悪かったのか。
感謝が足りなかったのか。
なにかに執着しているのか。
相手をコントロールしようとしているのか。
私の中に怒りや恐れがあるから、同じ現実を引き寄せているのか。
でも、夫が怒鳴ったあとに反省していたのは、夫ではなく私でした。
そのときの私は、自分を変え続ければ、いつか夫にも何かが伝わると思っていました。
私は、「私が変われば夫も変わる」という考えを、一つの本や一人の先生から教わったわけではありません。
引き寄せの法則や鏡の法則、波動、宇宙の法則、魂の学びなど、さまざまなスピリチュアルや哲学の考え方に触れる中で、それらが少しずつ私の中で一つの世界観になっていたのだと思います。
ここからは、私が実際に何をしたのかを書いていきます。
神社では、感謝だけ伝えていた
まず、神社です。
神社巡りは、夫と出会う前から好きでした。
とはいえ基本的には、日ごろの感謝を伝えるだけです。
夫とも初詣には毎年一緒に行っていました。
ある日、「何をお願いしたの?」と聞いたことがあります。
夫の答えは、
「私たちが幸せになりますように」
でした(笑)
家では私を怒鳴っている人が、神様には「私たちの幸せ」をお願いしている。
私は「は?💢」と思いました。
お札と瞑想
家には、有名な霊能者が作ったというお札を貼っていました。
財布にも入れて持ち歩き、夫の財布にも入れていました(笑)
そのときは、「少しでも良い方向に向かうなら」という気持ちでした。
瞑想もしていました。
毎日ではありませんでしたが、時間をつくって静かな場所で目を閉じ、自分の心と向き合う時間を作っていました。
当時の私は、
「自分が変われば現実も変わる」
という世界観を信じていました。
まずは自分の考え方や受け止め方を変えようとしていました。
怒鳴られても冷静でいよう。
感情的にならないようにしよう。
もっと感謝できる人になろう。
もっと穏やかでいよう。
「私の何かが足りないから、今の現実になっているのかもしれない」
私はまだ、そう考えていました。
寝る前の感謝は、義務になっていた
寝る前には、その日あったことを振り返り、夫への感謝を考えるようにしていました。
毎日ではありませんが、夫に怒鳴られた日ほどやっていました。
その方が、自分の気持ちが少し落ち着く気がしていたからです。
「今日も怒鳴られた。人格否定された。でも、感謝できることもある」
いやこれ、普通にやばいやつです。
そんなふうに無理やり気持ちを切り替えて眠ることが、いつの間にか習慣になっていました。
最初は、自分の心を落ち着かせるためでした。
嫌な気持ちのまま眠りにつきたくなかったからです。
でも、続けていくうちに、寝る前の感謝が義務へと変わっていきました。
「今日もちゃんと感謝できただろうか」
「まだ私の感謝が足りないのかもしれない」
だんだんと、感謝できていることよりも、できていないことに意識が向くようになり、さらに強い罪悪感まで感じるようになっていました。
私はただ、夫と普通に話がしたかった
神社へ行き、お札を貼り、瞑想をして、寝る前には感謝をする。
できることは全部やりました。
でも、本当に欲しかったものは、
夫と普通に話がしたかった。
怒鳴られずに話がしたかった。
意見が違っても、最後まで話を聞く関係でありたかった。
喧嘩ではなく、話し合いで解決できる夫婦になりたかった。
お金持ちになりたいわけでも、特別な能力が欲しかったわけでもありません。
ただ、お互いを尊重しあう関係がほしかった。
スピリチュアルが、モラハラへの対処を遅らせた
引き寄せの法則でも、
「相手を変えられる」
と言われているわけではありません。
私は、引き寄せの法則や鏡の法則、波動、魂の学びなど、いろいろな考え方を自分の中で結びつけて、
「私が変われば夫も変わるかもしれない」
と信じていました。
夫への対応には1日に何時間も使うことがあり、気づけば数年が経っていました。
そんな毎日に極度のストレスを感じながらも、自分を奮い立たせて、さらに自分を見直し続けていました。
「意味探し」で現実への対処が遅れていた
夫に怒鳴られ、人格否定されるたびに、
「なぜこんなことが起きるんだろう」
と、ずーっと考えていました。
その間にまず考える必要があったのは、
「この人は変わる気があるのか」
「私はこのまま一緒にいて大丈夫なのか」
ということでした。
私は「これには何か意味があるはずだ」と考えることに時間を使いすぎて、現実への対処が遅れました。
この考え方の背景には、私自身の白黒思考や完璧主義もあったと思います。
詳しくは、「白黒思考チェックリスト|完璧主義がモラハラ被害を悪化させる理由」
で書いています。
モラハラに悩んでいた私が何度も見たスピリチュアルの言葉
モラハラに悩んでいた頃、スピリチュアルの世界で何度も目にした言葉があります。
一見すると前向きに聞こえても、私の場合は、私の場合は、自分を責めるきっかけになった言葉もありました。
ここでは、その中でも特に印象に残っているものを、実際にやっていたこととあわせて書いていきます。
「相手はあなたの鏡」
「相手はあなたの鏡」
という言葉は、私が読んでいたスピリチュアルや自己啓発の本でも何度も目にしました。
鏡の法則をはじめ、話題になっていた本も読み、
「相手を変えようとするのではなく、まず自分が変わることが大切なんだ」
と考えていました。
夫がキレて怒鳴ってきても、感情的に反応しないようにする。
穏やかに話す。
相手を受け入れる。
感謝を忘れない。
できることは、本当にたくさんやりました。
でも、途中からこんな疑問が生まれました。
「もし本当に相手が私の鏡なら、私が穏やかになった時点で、夫も穏やかになるはずでは?」
私が穏やかに接しても夫はすぐにキレますし、何をしても機嫌が悪い日は悪いままです。
少なくとも夫といるときは、「相手はあなたの鏡」という言葉では説明できない現実しかありません。
「感謝が足りない」
「感謝が足りないから現実が変わらない。」
そんな言葉も、何度も目にしました。
夫の嫌なところばかり見ないように、
「お金を払ってくれる」
「今日は夫が怒らなかった」
など、今思えば当たり前のことまで良いところとして日記に書いていました(笑)
日記に書くだけでなく、夫にも毎日「ありがとう」と感謝を伝えていました。
「まだ感謝が足りないのかもしれない。」
「もっと心から感謝できれば、現実も変わるかもしれない。」
そう考えて何年も続けましたが、当たり前ですが(笑)、夫は一切変わりませんでした。
感謝は大事なことで、相手に伝えることにも、自分の気持ちを整えることにも意味があると思っています。
ただ、モラハラは、感謝が足りないから起きる問題ではありません。
私は、感謝する対象を間違えていました(笑)
もし感謝だけで解決するなら、私はとっくに解決していたはずです。
私の経験では、「感謝が足りない」という言葉は、苦しんでいる人がさらに自分を責めてしまうこともあると感じています。
「波動が低いから現実が変わらない」
「波動が低いから現実が変わらない。」
そんな言葉も、何度も目にしました。
私も、
「もっと波動を上げなければ」
と思っていました。
感謝をする。
瞑想をする。
部屋を掃除する。
断捨離をする。
自然に触れる。
食事に気を付けて、運動もする。
波動を上げると言われることは、一通り実践していました。
でも、夫が怒鳴ったり人格を否定したりすることは続いています。
私の経験では、
「波動が低いから現実が変わらない」
という考え方も、自分を責め続ける原因の一つになっていました。
「受け入れる・許す・手放す」
私は、「受け入れる」「許す」「手放す」という考え方も大切にしていました。
夫との関係でも、できるだけ相手を受け入れることや、自分の中にある執着を手放すことを意識していました。
特に、
「まだ手放せていないものがあるのかな」
と考えることはありました。
「執着を手放せばうまくいく」という言葉も何度も聞き、
- 期待しない。
- 怒鳴られても感情的にならない。
- 結果を求めない。
- 相手をコントロールしようとしない。
そんなことを意識して、
「私が変われば何とかなる」
と考えていました。
でも、境界線を実際に引けるようになってからは、
「それは私の問題ではない」
「時間とエネルギーを使う必要はない」
とはっきり分けられるようになりました。
すると、
「執着を手放そう」
と頑張ったわけではないのに、夫のことを考える時間が減り、振り回されることも少なくなっていきました。
※「人間関係の境界線(バウンダリー)とは?モラハラ夫に振り回されないために私がやったこと」で詳しく書いています。
「波動が合わなくなると自然と離れていく」
とスピリチュアルの世界ではよく言われます。
それが本当なら、夫は何年も前にいなくなっていたはずです(笑)
というかそもそも出会ってすらいなかったのではないでしょうか。
実際に夫と距離を取れるようになったのは、怒鳴られたらその場を離れる、会話を打ち切るなど、自分で行動するようになってからです。
「浄化・好転反応だから大丈夫」
「これは浄化だから」
「好転反応だから」
スピリチュアルでは、あるあるの言葉です。
嫌な出来事は浄化。
状況が悪化するのは好転反応。
良くならないのは、まだ浄化の途中。
そんな考え方です。
どんな結果になっても説明がついてしまう。その間も、夫の怒鳴りや人格否定は止まりませんでした。
スピリチュアルで現実の問題を解決するのをやめた
スピリチュアルで夫との問題を解決しようとすることをやめてから、私の中でもいくつか変わったことがあります。
ここからは、その後に気づいたことと、今の考え方について書いていきます。
怖さを利用するビジネスもあると気づいた
スピリチュアルを学ぶ中で、こんな言葉を何度も見聞きしました。
「先祖のカルマ」
「魂の課題」
「浄化が必要」
「波動が下がっている」
私自身も、ユタから先祖供養を勧められたことがあります。
私が見聞きした中では、ユタと一緒に各地の拝所を巡る先祖供養に、何十万円という費用がかかるケースもありました。
先祖供養は大切なことだと思います。
でも、
「先祖供養をしないから人生がうまくいかない」
「お墓参りを頻繁にしないから運気や波動が下がる」
「先祖が何か伝えたいことがあるから、家族を病気にして知らせている」
「先祖供養をしていないから、結婚できない」
「先祖の因縁が、子どもの病気に影響している」
という考えには、次第に疑問を持つようになりました。
もしそれが本当なら、先祖供養をしている人は皆、人生が順調なのか。
反対に、家庭の事情などで先祖とのつながりがない人は、不利な人生になってしまうのか。
そして、もう一つ気づいたことがあります。
人は不安を煽られると、
「お金を払ってでも何とかしたい」
と思うことがあります。
「あなたを邪魔してるものがいる」
「もっと浄化が必要」
「先祖供養をした方がいい」
「波動が下がると人生が悪い方向に行きます」
「執着を手放す講座があります」
こうした言葉で不安を煽られるほど、
「何とかしなければ」
と思い、お金を使う機会も増えていきます。
実際、親戚はスピリチュアルに100万円以上使っていました。
「今日はどこへ行くか」までユタに相談する知り合いもいました。
私自身も20年ほど前、「住んでいる家が悪い」と言われ、10万円を払ってお祓いをしてもらったことがあります。
でも、別に良くなってないんですよね(笑)
中には、
「お祓いをしたから、それ以上悪くならなかった」
と言う人もいます。
ただ、それが本当かどうかは誰にも分かりません。
本人がそう思うことで安心できるなら、それでいいと思います。私はそうは思いません。以上です(笑)
自分を責めることが減った
スピリチュアルで自分の中に原因を探すことをやめてから、自分を責める時間はかなり減りました。
以前は、夫から「お前が悪い」と責められるたびに、自分の夫への接し方を見直しては、できることを探していました。
現在は、自分にできることと、自分にはどうにもできないことを分けて考えられるようになりました。
夫はいまだに人格否定をしてきますし、すぐにキレたり怒鳴ることもやめません。
それでも、
「私が悪い」
「私には価値がない」
と思うことは、なくなりました。
この考え方については、「境界線」の記事で詳しく書いています。
→境界線を引いてみたらどうなった?|夫は変わらなかったけど私が楽になった話
現実を見て、地に足をつけて生きるようになった
私は今でも、見えない世界を完全に否定しているわけではありません。
科学でまだ解明されていないこともありますし、
「絶対に存在しない」
と言い切ることもできません。
ただ、今の私が何かを判断するときの基準は、100%現実です。
答えの出ないことに、無理に意味をつけることもなくなりました。
今は、スピリチュアルや宗教に答えを求めることはほぼありません。
慈愛という考え方は、今でも好きです。
ただ、向ける相手は選ぶようになりました(笑)
私にとってスピリチュアルは、10年以上かけて学んだ一つの経験でした。
ただ、もっと早く境界線を実際に引く方法が分かっていればなーとは思います(笑)
結局、モラハラはスピリチュアルでは解決しなかった
私を実際に傷つけていたのは、目の前で怒鳴り、人格を否定し、精神的DVを繰り返す夫でした。
神社へ行き、お札を貼り、瞑想をして、感謝もして、波動を上げると言われることも一通りやりました。
それでも、夫の言動は今も続いています。
もっと早く境界線を引けていれば~
というか夫と出会う前にそれができていれば(笑)
結論、人間が一番怖いです(笑)