モラハラ夫はセラピーで変われるのか?2年間見て私が出した結論

モラハラ夫はセラピーで変われるのでしょうか。

「本人だけでは変われないなら、プロの力を借りれば変わるかもしれない」

私はそう考え、夫がセラピーを受けることに少しの希望を持っていました。

欧米では、日本よりもセラピーを受けることへの抵抗が少ない傾向がありますが、日本では、問題を解決するためにセラピーを受けるという発想は、まだあまり一般的ではないと思います。

結論を先に書くと、私の夫は、セラピーを2年間受けても変わりませんでした。

ここで先に伝えておきたいのは、夫は「セラピーを嫌がって行かなかった人」ではないということです。

私と知り合う前から、前職の福利厚生を使って、自分でセラピーを1年間受けていた人です。

退職後に私がオンラインセラピーの存在を話したときも、本人が乗り気になり、「通いたい」と自分で決めて再開しました。

セラピストとの相性も良かったようで、こちらも1年間、嫌がることなく受講し続けました。つまり「行かせること」には、何の苦労もなかった側です。

それでも、夫は変わりませんでした。

この記事では、その2年間でセラピーが実際に何を扱っていたのか、セッションの後に夫が何をしていたのか(していなかったのか)、そして最後にセラピーがどんな形で終わったのかまで、そばで見てきた私が順番に書いていきます。

「専門家の力を借りれば変わるかもしれない」と考えている方にとって、私の経験が一つの判断材料になればうれしいです。

目次

夫が受けていたセラピーの経緯

まず、「2年間」の内訳を整理しておきます。

1人目は、私と知り合う前から。当時の職場にいるセラピストによる、対面のセラピーです。期間はおよそ1年。退職にともなって終了し、数ヶ月のブランクを挟みました。

2人目は、私がオンラインセラピーの存在を話したのがきっかけです。本人も乗り気で「通いたい」と自分で決めて、そこからまた約1年続けました。

合計でおよそ2年。セラピストは2人、形式は対面とオンラインを1年ずつです。2人とも相性は悪くなかったようで、休みたがることもなく、自分から続けていました。

「セラピストと合わなかっただけ」

「オンラインだったからでは」

と思われるかもしれませんが、人も形式も変えて2回試しています。

セラピーのテーマは、ずっと親のトラウマ「だけ」だった

先に書いておくと、私はセッションに同席したことは一度もありません。オンラインのときも、夫は別の部屋でドアを閉めて受けていたので、会話は一切聞こえていません。

それでも中身を知っているのは、夫が毎回、聞いてもいないのにセッションの内容を最初から最後まで話してきたからです。

セラピストに何を言われたか、自分が何を話したか、全部です。2年間それを聞き続けて分かったのは、セラピーのテーマが一貫して「親から受けたトラウマ」だったことでした。

親のトラウマに取り組むこと自体は、まったく正しいことです。私自身、自分の傷と向き合うのに7年かけた人間なので、それを否定する気は一切ありません。

夫が自分の生い立ちと向き合うこと、それ自体は応援すらしていました。

では、私への怒鳴り声や人格否定は、セラピーでどう扱われていたのか。

全く扱われていませんでした(笑)

夫がセラピストに伝えていたのは、「妻にすぐ怒ってしまう」という程度です。

怒鳴っていること、人格を否定していること、物に当たること。その中身も、頻度も、深刻さも、伝えていません。

精神的DVと呼べるレベルのことが家で起きているとは、セラピストは知らなかったはずです。

ここが、この記事で一番伝えたいところです。

セラピーは、本人が話した内容をもとに進んでいきます。もちろん、プロは表情や話し方、言葉の選び方などから違和感を感じ取り、質問を重ねながら問題を整理していきます。

私自身、カウンセリングとコーチングをしていた時期があります。セラピーとは別の仕事ですし、心理療法の専門性を語れる立場でもありません。

人の悩みに向き合う仕事をする人に共通することだと思いますが、人は、自分の一番の問題を、自分から正確に話せるとは限りません。

むしろ、自分では問題だと気づいていないことも多く、だからこそ、プロは質問を重ねながら言語化を手伝います。

それでも、本人が問題そのものを認識していなかったり、別の形で伝えていたりすれば、実際に起きていることと、セラピストに伝わっている内容が一致しないことはあります。

夫の場合、そのズレは決定的でした。家で起きていたのは精神的DVです。でもセラピストに渡っていた言葉は、「すぐ怒ってしまう」程度でした。

そのため、セラピストにとって夫は、最後まで「親から受けた傷に苦しむ被害者で、妻に対しては少し怒りっぽい人」ぐらいで、私との関係は問題視されていなかったように見えました。

アドバイスをもらっても、何もしないまま次の週

夫のセラピーは週1回、1時間でした。そして毎回、何かしらのアドバイスをもらって帰ってきます。怒りが湧いたときの対処、考え方の整理、親との向き合い方。夫は例のごとく、それを全部私に報告してきました。

では、その1週間で夫がアドバイスを実行した回数は何回か?

実行した回数は、ゼロ

ゼロです。何かを試している様子も、意識している気配もないまま、次の週になり、またセラピーを受けて、またアドバイスをもらって帰ってくる。この繰り返しでした。

野球で例えると、週に1時間コーチに教わって、自主練を一切しないまま、また次の週にコーチのところへ行くようなものです。

それで打てるようになるわけがありません。

セッションは週1時間、残りの167時間が本番です。セラピーは「通うこと」ではなく、セッションとセッションの間に「やること」が本体なのです。

でも夫にとってセラピーは、通うことがゴールでした。もっと言えば、私に語ることがゴールだったのかもしれません。

セラピーで言われたことを私に語る時間はいくらでもあるのに、言われたことをやる時間は1分もない。話すことで、やった気になっていたのだと思います(笑)

セッションとセッションの間に、何をするか

先ほど書いたように、私はカウンセリングとコーチングを仕事にしていた時期があります。セラピーとは別の仕事なので、セッションの進め方が同じとは限りません。その前提で読んでください。

私のセッションでは、毎回、次の週までに取り組むことをクライアントさん自身に決めてもらっていました。そして翌週のセッションは、必ずその確認から始めます。

「先週決めたこと、どのくらい取り組めましたか?」

「実際にやってみて、どんな感覚がありましたか?」

「取り組む中で、引っかかったところはありましたか?」

できていなくても責めません。「できなかった」ことも大事な情報だからです。

できなかった、やらなかったことからも私たちは何かを得ています。さらに何が邪魔をしたのかを一緒に見ていくと、そこに本人の癖が現れます。

もう一つ、セッションの最初に「今日はここから何を持ち帰りたいか」を決めてもらっていました。決めなくても構いません。ただ、決めておくと1時間がそこに向かっていくので、ほとんどの方が決めてくれていました。

繰り返しますが、セラピーで同じことをするのかはわかりません。これは私の経験です。

それでも、夫の報告に、こういった質問が出てきたことは一度もありませんでした。

報告といっても私が求めていたわけではなく、夫が聞いてもいないのに、毎週逐一聞かせてくるものです。

そのたびにやっていた質問があります。責めるでもなく、友達や家族に話すような口調で、

「今日のセッションで、どんなことを得たの?」

「これから、どうなりたいかとか話したりした?」

夫が答えられたことは、1年間で一度もありません。それどころか、この質問をしてキレられたことも何度もあります。

答えられないのも、無理はないと思います。夫にとってセラピーは、自分がどれだけ母親に傷つけられたかを話す場所だったからです。

そして私は、毎週その話を聞きながら、心の中で同じことを思っていました。

どうなりたいかを考える前に、まず私への怒鳴りや人格否定をやめてほしい、と。

セラピー直後だけ、別人になる

もう一つ、書いておきたいことがあります。セラピーから戻った直後の夫は、まるで別人でした。

私を抱きしめて、

「これまで本当にごめん」

「俺は変わるから」

と、まるで生まれ変わったかのように語るのです。毎週、この茶番劇が繰り返されました。

正直、

「演技だとしたら三流だな」

と白けて見ている自分がいました。

でもセラピーを受け始めたころは、

「今回は本当かもしれない」

と一瞬思ったこともあります。

冷めた目と、信じたい気持ち。矛盾しているようですが、当時は本当に両方が同居していました。

それが続いたのは数時間、長くて翌日まででした。早いときは、その1時間後にはいつもの夫に戻っていました。

何度か繰り返されて、分かったことがあります。あれは変化ではありません。

セッションで感情を出して、アドレナリンが出て、その高揚を「俺は変われる」と本気で勘違いしていただけです。

だから、興奮が冷めれば終わりです。1時間か、もって翌日。

夫はセラピーのたびにハイになって、冷めて、何も変わらないまま、また怒鳴っていました(笑)

セラピーで扱っていた「母親との関係」すら、変わらなかった

セラピーのテーマは、2年間、一貫して親のトラウマでした。では2年かけて、夫と母親の関係はどうなったのか。

何も変わっていません。

夫と母親とのやり取りは、ほぼ毎日ありました。そして夫は、母親から自分を罵るメッセージが来ると、聞いてもいないのに私に見せてくるのです。

「ほら、こんなことを送ってくる」

見せられるたびに、私は内心思っていました。こんなメッセージを送ってくる相手と、毎日連絡を取る価値があるのか、と。

罵倒のメッセージを妻に見せて、その相手には「I love you」と返す。距離を置くという選択肢は、夫の中に最初からありませんでした。

さらに夫は、母親の誕生日、母の日、クリスマスには毎年欠かさずわざわざアメリカの花屋に電話して豪華なアレンジメントフラワーを贈ることは欠かしませんでした(笑)

私はそれを隣で見ていて、正直、気持ち悪さでいっぱいでした。

セラピーで毎週、親から受けた傷を語っている人が、現実では、その親からの罵倒を受け取り続けて、愛してると返している。

距離を置くでも、境界線を引くでも、返事の仕方を変えるでもない。セラピーの中で親のトラウマを2年語りながら、現実の親との関係は、指一本動かしませんでした。

「俺の家族はクレイジー」と言いながら、許可を取りに行く

夫と親の関係がどういうものか、分かりやすい話があります。夫は、私と付き合っていることを、親に1年近く隠していました。

私が「言えない関係なら別れる」と伝えたとき、夫は怒鳴ってこう言いました。

「俺の家族はクレイジーなのに、言えるわけがない!俺にまた喧嘩しろって言うのか?!」

つまり夫は、自分の家族がまともでないことを、自分で分かっていたのです。

私が求めていたのは、隠すのをやめることであって、親に報告することではありません。大人が誰と付き合おうと、親の許可はいらないからです。

でも夫にとって、隠すのをやめる方法は「親に報告する」しかなかったようでした。クレイジーだと自分で言っている親に、わざわざ判断を仰ぎに行くのです。結果は、案の定でした。

親の第一声は、

「別れろ」

「日本人にろくなやつはいない」

と言われたそうです(笑)

なぜ、会ったこともない相手を頭ごなしに否定するのか。

これは私の推測ですが、これまで従順だった息子が、自分の手から離れていくかもしれない。自分の所有物がどこかにいってしまう。

息子の隣に誰が立つかではなく、息子が自分以外の誰かのものになること自体が、許せなかったのでしょう。

親にはおどおどし、私には怒鳴る

夫は、言い返しませんでした。私をかばう言葉も、一言もありません。

電話をしている夫は、普段とは別人でした。おどおどと、親の機嫌を損ねないように気を遣いながら話すのです。

その気の遣い方を、私は夫から一度も向けられたことがありません。そして電話の後、夫が私に言ったのは、

「親はああいう人だから。変えられない」

でした。

怖い親には従順に振る舞い、怒鳴っても去らないと思っている妻には、遠慮なく怒鳴る。

夫の怒りは、抑えられないものではないんです。相手を見て、出す場所を選んでいるとしか思えません。

母親を変えられないと分かっている。クレイジーだとも分かっている。それでも、その親に報告し、貶されても言い返さず、罵倒されても「I love you」と返し続ける。親のトラウマとは、そういう深さのものでした。

「かわいそう」は、免罪符にならない

この話を読んで、夫をかわいそうだと感じた方もいるかもしれません。分かります。私も、かわいそうだと思っていました。だから理解しようとしたし、支えたし、彼のペースを尊重し、待ちました。

でも、いま振り返って思うのは、その「かわいそう」こそが、私をそこに留まらせたものだった、ということです。

かわいそうだから許す。かわいそうだから待つ。そうやって同情を免罪符にしている間も、怒鳴られていたのは私です。

私だったら、怒りの矛先は実の親にいくと思います。

自分を大切にしてくれている人に攻撃するのはおかしな話です。

夫の生い立ちは気の毒だと思いますが、妻を怒鳴っていい理由にはなりません。

「トラウマがあるのだから、矛盾した行動になるのは自然なことでは」と思う方もいるかもしれません。

その通りです。傷つけられた親ほど、突き放せない。その心理は私にも分かります。でも、だからこそです。

その「突き放せない」を扱うために、セラピーがあるのではないでしょうか。夫はまさにそのテーマで2年間セラピーを受けて、親への応じ方は最初の日から最後の日まで、何一つ変わりませんでした。

矛盾があること自体は、責めていません。2年かけて、その矛盾に1ミリの変化もなかったこと。この記事で1番伝えたいことはこれです。

私への怒鳴りや人格否定は、そもそも問題にすら上がっていませんでした。そして、そもそも問題に上がっていたはずの母親との関係も、この通りです。

2年間のセラピーで、現実に起きた変化は、ゼロでした。

むしろマイナスと言っていいと思います。

セラピーは、どう終わったのか

2年続いたセラピーは、きれいに卒業して終わったわけではありません。終わり方まで含めて、書いておきます。

「ここを通さず、個人的にやり取りしよう」

ある日、セラピストが夫に、

「プラットフォームを通さず、個人的にやり取りしないか」

と、提案を持ち掛けてきました。

もちろん、運営会社の規約で禁止されている行為です。なぜセラピストがそんな提案をしてきたのか。

理由は単純で、会社を通すと手数料を取られるからです。

個人契約にしてしまえば、その手数料ごと自分のものになる。要するに、クライアントを会社から横取りしようとしたのです。

夫は、疑いませんでした。何の警戒もなく了承しようとしていたので、私が止めました。

というのも、正直に書くと、もしこのセラピストが本当に優秀だったなら、規約違反でも見て見ぬふりをしたかもしれません。夫が変わるなら、と。

でも、毎回セッション後の夫からの報告を聞く限り、そうは見えませんでした。それに、うまく言えないのですが、このセラピストには最初から引っかかるものがありました。

それ以上に危ないと感じたのは、夫の懐き方です。夫は、私とセラピストには自分のことをべらべら話すタイプです。

それを毎週聞いてもらえて、

「この人は俺を分かってくれている」

と、すっかり信頼しきって、言われることを何でもそのまま受け入れていました。

話を聞いてもらえているからって、理解されていわけではないのにもかかわらず。

あっちは完全にビジネスで、話を聞いてるだけです(笑)

そして、思ってしまうのです。同じことを、私は毎日していました。

話を聞き、理解しようとし、そばで支え続けてきました。しかも無料で(笑)

その私のことは信頼せず、怒鳴り、人格否定する。

一方で、週に1時間、画面越しに話を聞くだけで、最後には自分の利益のために規約違反を持ちかけてくるような相手のことは、こんなにあっさり信頼する。

夫の「信頼」とは、いったい何なのだろうと思いました。

2年間プロと話し続けた人が、規約違反の誘いを「おかしい」と感じる力すら身につけていなかったのです。セラピーは、ここで終わりました。

2ヶ月で1200ドル。内容は、私が言っていたことと同じ

正直に書くと、私はこのセラピストに対して、以前から思うところがありました。

夫は毎回、セッションの内容を私に報告してきます。それを1年聞いていて、気づいてしまったのです。

セラピストの助言は、私が普段夫に言っていることと、ほぼ同じでした。

セッションの内容を聞くたびに、

「それ、私が毎回言っていることと同じだよ」

と夫に返していたくらいです。

料金は、2ヶ月でおよそ1200ドル。当時のレートで18万〜19万円です。信じられますか?(笑)

無料で隣にいる私と同じ内容に、この金額です。

その金、わたしにくれよ(笑)

「妻にすぐ怒ってしまう」と夫が言ったとき、セラピストはそれ以上聞かなかったようです。

少なくとも夫の報告に、

「どのくらいの頻度で怒るんですか?」

「怒るとは、具体的にどんな風に?」

「怒ったとき、何をするんですか?」

「奥さんはどう感じていますか?」

といった質問が出てきたことは、一度もありません。

「すぐ怒ってしまう」という言い方だけなら、ちょっと不機嫌になりやすい人、イライラして口数が減る人、その程度にしか聞こえません。

でも実際に家で起きていたのは、怒鳴り声と人格否定です。完全な精神的DV。

そのせいで私は身体を壊しています。

→精神科で診断書を取るまでの話|モラハラ夫との生活が身体と精神に与えた影響

夫の言葉から想像できるものと、現実との間には、それだけの差がありました。

そしてセラピストが掘り下げる質問をしなければ、その差は永遠に埋まりません。

だからセラピストの中の夫は、1年経っても「少し怒りっぽい人」のままだったのです。

もし誰かが現に傷つけられていると分かれば、はっきり止めるべき場面です。素人の私でも、それくらいは想像がつきます。

でも夫が伝えていたのは「すぐ怒ってしまう」だけ。セラピストには、止めるべきことが起きていると知る機会すらありませんでした。

代わりに行われていたのは、

夫が、「母親からこんなことをされた」と話し、セラピストが「つらかったですね」と受け止める。

基本的に、このやり取りが9割です。

そして残りの1割が、先ほど書いた「私が普段言っているのと同じ助言」です。

受け止めること自体が悪いとは言いません。ただ、ほぼこのやり取りだけで、2ヶ月で19万円です。

ついでに書くと、このセラピストは、夫のトラウマの元である実母と同じ名前でした。もちろん、ただの偶然です。

名前で人を判断するつもりもありません。それでも初回に名前を聞いたとき、正直、嫌な予感がしました。

そしてその予感は、名前とは何の関係もない、まったく別の形で的中することになります。

それでも、セラピストの質の問題ではない

ここまで書いておいて、と思われるかもしれませんが、

「良いセラピストなら夫は変わったのか」

と聞かれたら、私の答えはノーです。

本人が話さないことを、質問で引き出すのもセラピストの仕事、だと私は思います。

だからこそ、セラピストが夫の話を掘り下げる気配がなかったことをここまで書いてきました。

ただ、セラピーを学んだことのない私には、それがどこまでセラピストに求めていい仕事なのかは分かりません。

では、もし腕のいいセラピストが実態を聞き出して、「それは今すぐやめるべきことです」とはっきり伝えていたら、夫は変わっていたのか。

変わらなかったと思います。

怒鳴るのをやめるべきだということは、私が毎日本人に言い続けてきて、それでも夫はやらなかったからです。セラピストに言われても、同じです。

それどころか、夫の性格を考えると、そこでセラピーをやめていたと思います。

はっきり指摘された時点で、

「このセラピストは俺を分かってくれない」

「なんで妻の味方をするんだ」

となったはずです。

それに、自分のしていることを精神的DVだと名指しされたら、恥ずかしさも、「これはまずいことなのでは」という怖さも出てきます。

実際、怒鳴り声で警察を呼ばれたときも、夫は悪いのは私だという説明で切り抜けました。警察もそれを信じて、夫に家を出るようにとアドバイスしたぐらいです。

指摘されて向き合うのではなく、責任ごと私に押し付けて逃げる。それが夫のやり方です。

→ モラハラ夫が『離婚する』と言ってくる理由|死ぬ詐欺・警察沙汰まで実体験

夫が2年も通い続けられたのは、そこが自分を責めてこない場所だったからです。本当のことを言われる場所だったら、2年ももたなかったでしょう。

セラピーで変わる人と変わらない人の違い

ここまで読むと、私がセラピー否定派に見えるかもしれません。

逆です。私は、セラピーや精神科、心療内科、公認心理師・臨床心理士によるカウンセリング、認知行動療法(CBT)、アンガーマネジメント、DV加害者更生プログラム。こうした専門的な助けは、積極的に受けたほうがいいと思っている側です。

本当に変わりたいと思っている人にとって、プロの力は大きな支えになります。一人では見えない自分の癖に気づけるし、向き合い方も教えてもらえる。

先に書いておくと、私自身は、セラピーを受けたことは一度もありません。

7年間、本や資料で調べながら、時には東京、大阪、福岡、京都など有料のセミナーを受講したことはありましたが、ほぼ独学で自分の傷と向き合ってきました。だからこそ言えるのですが、独学は遠回りです。

一人で手探りする7年のうち、プロの手助けがあれば省けた回り道は、たくさんあったと思います。受けられる環境にあるなら、受けたほうがいい。

私がセラピーを勧めるのは、受けた経験からではなく、受けずにやった苦労からです。

違いは「絶対に変わりたい」かどうか

では、同じセラピーを受けて、変わる人と変わらない人は何が違うのか。

セラピストの腕も、相性も、かける年数も、もちろん無関係ではありません。

腕のいいセラピストなら、もっと早く深く進めるでしょうし、必要な年数も人によって違います。私は独学で約7年かかりました。

でも、それらはすべて、本人が変わりたいと思っている場合の話です。本人にその気がなければ、どんな名医が何年かけても、始まりすらしません。

2年間そばで見てきた私の答えは、決定的な違いは一つ。

「絶対に変わりたい」と本人が思っているかどうか、です。

「変わりたい」と「変えてもらいたい」は違う

「でも、夫は自分から通っていたんでしょう?変わりたい気持ちはあったのでは?」

と思うかもしれません。

いいえ。夫にあったのは「変わりたい」ではなく、「変えてもらいたい」でした。

この二つは、まったく違います。変わるというのは、自分のコンフォートゾーンから出ることです。虐待の後遺症は苦しい。

でも、長く生きてきたその苦しみは、本人にとって「勝手を知った場所」でもあります。そこから出るのは、未知の苦しみです。

だからこそ、その苦しみから自分で出た人の変化は本物になる。

夫は、その一歩を一度も踏み出しませんでした。

当たり前です。自分に問題があると思っていなければ、変わる必要も感じません。

セラピーに通っている姿だけを見ると、「変わろうと努力している人」に見えるかもしれません。でも、本当に変わろうとしているかどうかは、セッション以外の時間をどう過ごしているかに表れます。

課題に取り組み、復習を何度も重ねることもなく、一夜にしてホームランバッターになれるはずがありません。

でも夫にとってセラピーは、自分を変えるための場所ではありませんでした。ただ母親への不満を聞いてもらい、「かわいそうな自分」に浸る場所に見えました。

怒りの向け先を、根本から間違えている

もう一つ、書いておきたいことがあります。

夫は、怒りの向け先を根本から間違えている、ということです。

私は、自分を虐待した親を憎んでいました。しかし、ここでは憎むことを勧めているわけではありません。

そして正直に書くと、憎むと同時に、罪悪感も抱えていました。親を憎んでいいのか。何度も考えました。

それでも私は、「憎んでもいい」と自分に許可を出したのです。憎むといっても、親に危害を加えるような憎み方ではありません。

その感情を燃料にして、「絶対にああはならない」という反面教師に変えていきました。

あの決断が正しかったのかは、今でも分かりません。ただ、あのときの自分にできる最善ではあったと思っています。

結果として、私は変われました。今も100%ではないですが、それに近づける努力は一生やっていきたいです。

夫は逆です。私はこの人の口から、親への文句をただの一度も聞いたことがありません。自分を傷つけた張本人には「I love you」と返し、隣で支えている私には怒鳴り、人格を否定する。

この構図で人格を否定されているのが私のほう、というのですから、笑ってしまいます。

これは推測ですが、夫が親の文句を言わないのも、許可を取りに行くのも、私と同じ罪悪感から来ているのかもしれません。

でも正直に書くと、いまの私は、夫のトラウマがどれほど深かろうと、どうでもいいです。

なぜなら、それは私の問題じゃないからです。以前の私は夫の問題まで丸ごと受け止めようとしていましたが、境界線を学んでからは、それは間違っていると気づきました。

人間関係の境界線(バウンダリー)とは?モラハラ夫に振り回されないために私がやったこと

これが精神的DVを受け続けた私の本音です。

2年見て私が出した結論

セラピーがどれほどの力を持つものなのか、正直なところ、私には分かりません。

私自身は受けたことがなく、専門的に学んだわけでもないからです。

それに、深い傷を癒したい人と、うちの夫のように人を傷つけることをやめるべき人とでは、そもそも必要なものが違うのかもしれません。

ただ、確信していることは、セラピーが人を変えてくれるわけではない、ということです。

変わるかどうかは、本人次第です。セラピーにできるのは、その手伝いまでです。

夫が当時、セラピストからアドバイスをもらっても何もしなかったのも、親との関係がそのままだったのも、私へのDVをセラピストに話してすらいなかったのも、理由は全部同じです。

夫に、変わる気がなかったから。セラピーが無駄なのではありません。本人にその気がなければ、誰がそばについても、何も始まらないのです。

最後の砦として、「専門家の力を借りれば変わるかもしれない」と考えていました。

行かせることには、何の苦労もありませんでした。本人も嫌がらず、自分から通いました。

それでも、この通りです(笑)

夫が変わる可能性そのものについては、こちらの記事に書いています。

そして私はいま、夫の変化を待つことではなく、自分の準備に時間を使っています。

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