虐待されて育った子どもは、大人になったとき、自分も誰かを虐待する側になるのでしょうか。
私も夫も、母親から虐待を受けて育ちました。
でも今、私はモラハラを受ける側で、夫は私にモラハラをする側です。
同じように傷つけられてきたのに、なぜこんなに違う大人になったのか。
この記事では、私と夫にどんな違いがあるのかを書いていきます。
私も夫も、母親から虐待を受けて育った
まずは、それぞれどんな家庭で育ったのかから書きます。
私の母はネグレクトと暴力だった
子どもの頃、母は仕事や遊びで家にいないことが多く、ご飯もほとんど作らなかったので、私は近くに住む祖父母の家で食事をすることが多く、4歳頃から一人で寝ることもありました。
ある日、珍しく母が夜家にいたので一緒に寝ました。
でも朝、物音で目を覚ますと、すぐ隣で母が、当時付き合っていたらしい男性と性行為をしていました。
私が「何してるの?」と聞くと、「好きだからこうやってるんだよ」みたいなことを言われました。
子どもだった私は、「好き同士なら裸になるんだ」と思ったのか、自分から服を脱いだ記憶があります。
ただ、そのあと母の彼氏とキスをさせられたことは覚えています。
いや、4歳児に何を学ばせてんだよw
学校も「行きたければ行けばいい、休みたければ休めばいい」という感じで、母親が夜いないことも多かったので、私が何時に帰っても怒られることはなく、かなり放任でした。
その一方で、母の気に入らないことがあると殴られていました。あまりに何度もあったので、今となっては何が気に入らなかったのかも思い出せません。
夫の母は過干渉と暴力だった
夫の母は、私の母のように放っておくタイプではなく、逆に夫の行動をいちいち把握して、何でも口を出してくるタイプです。
アルバイト中や学校の授業中など、すぐに電話に出られないと、夫が出るまで何度も電話をかけてきたそうです。
あとですぐにかけ直して「バイト中だった」「授業中だった」と説明しても、
「なんで電話取れないの? わざと?!」
しかも、用事は急ぎでも重要でもなく、「帰ったら食器洗っておいて」程度。
うわ……Yabai。
ほかにも、日常の些細なことで難癖をつけられ、口論になると殴られることもあったそうです。
ネグレクトや過干渉は、その後の人間関係にどう影響するのか
子どもの頃のネグレクトと、大人になってからの「不安型愛着」との関連を調べた研究では、ネグレクト経験が強いほど、不安型愛着の傾向も強いことが報告されています。
また、複数の研究をまとめた調査では、また、多くの研究をまとめた調査では、子どもの頃にネグレクトを受けた人は、そうでない人に比べて、大人になってからパートナーから暴力を受ける人が多いことが報告されています。
一方、夫が受けていたような強い過干渉や心理的コントロールについても、さまざまな研究があります。
たとえば、感情をうまく調整しにくくなることや、人間関係で問題を抱えやすくなること、自立しにくくなることなどが報告されています。
また、思春期に親から強くコントロールされて育つことが、大人になってからも親への依存が残ることにつながる可能性を示した研究もあります。
愛関係やメンタルヘルスへの影響を調べた研究もあります。
もはや夫の特徴すぎる。
夫は私の言葉を確認もせずにすぐ「責められた」と勘違いして怒るし、怒りの沸点も低く、すぐに10レベルの怒りを相手にぶつけます。
人と深い関係を築くのも苦手で、夫婦の間でも支え合うような関係になりにくい。
母親とは何度喧嘩しても離れられず、大人になってからもママボーイ(夫はアメリカ人)です。
ちなみに「mama’s boy」は英語圏で、母親への依存が強く、大人になっても精神的に離れられない男性を指す表現です。
親と距離を取れば、虐待の影響から抜け出せるのか
私と夫では、今の母親との関係が全く違います。
母親と距離を取りながら連絡を取っている私
私は母親と完全に縁を切っているわけではなく、正月やお盆などには家の行事を手伝いますし、必要があれば普通に連絡も取ります。
ただ、ここまで割り切れるようになるまでには時間がかかりました。
20歳頃、私は母に、
「子どもの頃に殴られたり、暴言を吐かれたり、理不尽なことをされてつらかった」
と話したことがあります。
でも母は、自分が私を虐待したという認識がなかったようで、
「なんのこと?」
って感じでした。
そのうえで、
「昔のことを大人になってまでいちいち言っても、何も変わらないよ」
と言われました。
いや、お前が言うなよ。まず虐待したこと謝れよw
ていうか、自分がやったことを虐待だと思ってない人に「忘れたの?」って聞いても、そりゃ話が噛み合わないよな……。
今は笑えますが、当時は結構ショックでした。
その後も紆余曲折あり、この人とは親子らしい関係にはなれないんだと割り切るようになりました。
でも、今も母親と連絡を取っているからといって、母にされたことを理由に夫へ怒りをぶつけたり、暴言を吐いたりすることはありません。
夫は母親と連絡を取っていない
夫は2024年10月頃から、この記事を書いている2026年9月現在まで、私の知る限り母親と連絡を取っていません。
ただ、これは夫が自分で母親との関係を整理して、適切な距離を取れるようになったからではありません。
夫が母親と連絡を取ること自体は、家族の問題なので私には関係ありませんし、私が口を出すことでもないとハッキリ思っています。
夫は、母親と関わればまた傷つくと分かっているのに、毎日のように連絡を取り続けており、そのたびに理不尽に怒りをぶつけてきました。
それが何度も続き、私は精神的に限界まで追い込まれました。
それでも夫は、母親とは毎日のように「I love you」を送り合い、その関係を続けていました。
マジで気持ち悪い……。
最終的には、母親とのやり取りで感情的になって私に怒りをぶつけることが続いたため、
「それを私にぶつけるなら、もう母親と連絡を取るかとらないか決めてちょうだい」
と私も厳しめに伝えました。
夫が母親との連絡を断ったのは、その後です。
親と距離を取っただけでは、何も解決しない
夫は母親と連絡を断ちましたが、私へのモラハラは止まりませんでした。
母親との連絡を切っただけで、なぜ私に怒鳴ってはいけないのか、なぜ人格否定をしてはいけないのかというところには、何も向き合っていないからです。
アメリカの精神科医マレー・ボーエンは、家族との間にある問題を解決しないまま、距離を取ることで対処することを「情緒的遮断(Emotional Cutoff)」と説明しています。
たとえば、
- 親元を離れてほとんど帰らない
- 連絡を減らす、または完全に断つ
- 会ってはいても、揉めそうな話題には触れない
などです。
ボーエン・センターでも、家族と距離を取ることで表面上は関係が落ち着いたように見えても、問題そのものが解決したわけではないと説明しています。
そして、もとの家族との間で繰り返していたことが、今度は配偶者や子どもとの関係でも出てくることがあるとも言っています。
家族のパターンは世代を超えて伝わることがある
ボーエンの「多世代伝達プロセス」
ボーエンは、家族の中で繰り返されてきた人との関わり方が、次の世代にも引き継がれることがあると考えました。
たとえば、親に怒鳴られて育った人が自分も怒鳴る、いつも責められていた人が今度は相手を責める、家族の誰かの機嫌をうかがって育った人が、今度は自分のパートナーや子どもに機嫌をうかがわせる、といった形で現れることがあります。
ボーエン・センターの例でも、もとの家族で起きていたことが、その後の結婚生活や次の世代でも繰り返される様子が紹介されています。
夫の家系で続く虐待の連鎖
夫の祖母は娘である夫の母を虐待し、夫の母もその後、息子である夫を虐待しました。
そして今、夫は妻である私を虐待する側になりました。
夫は祖母や母から、
「愛してるから家族を罵る」
「愛してるから暴言を吐く」
と言われたことがあるそうです。
そして今、夫も「愛してるから」という理屈で、私への暴言を正当化しています。
私はそんなもの、ただの夫の言い訳だと思っています。
なぜなら、虐待されて育った人が全員、配偶者を虐待するわけではないからです。
よくもまぁ、そんなバカみたいな大義名分をドヤ顔で言えるもんですね。
まとめ|何が私と夫を分けたのか
正直、これは分かりません。
けど、私はこう考えています。
- 生まれ持った性格
- これまでの人生で何を経験し、何を学んできたか
- 人間関係でうまくいかなかったときに、その原因を振り返ってきたか
- 相手の立場や気持ちをどれだけ考えられるか
私は、子どもの頃に受けた虐待の影響もあって、人間関係で失敗したり、傷ついたりすることが何度もありました。
そのたびに、次はどうしたら同じことを繰り返さずに済むのかを考えて、心理学や人間関係、自分の考え方を変えるための本を読んだり、動画を見たり、お金を払ってセミナーに参加したりもしました。
何かを変えたいなら、今までとは違うやり方をするしかありません。
怒鳴るのをやめたいなら、次に腹が立ったときは怒鳴らない。
でも夫は、それができません。私に怒鳴ったり人格否定したりすること自体を、たぶん問題だと思っていないから、やめようともしないんだと思います。
少なくとも、二人で何か問題を乗り越えていくには、お互いを尊重することと、自分の言動が相手にどう影響しているのかを考えることは必要だと思います。
でも夫は、自分の言動が相手にどう影響しているのかを考えようとしません。
だから私は、一人で延々と言語化して整理して、ブログに書いていますw