境界線を引いてみたらどうなった?|夫は変わらなかったけど私が楽になった話

前の記事では、モラハラ夫と同居しながら、私が実際にどう境界線を引いているのかを書きました。

じゃあ、それを続けたらどうなったのか。

境界線を引いたからといって、家の中が急に静かになったわけではありません。

夫は今でも怒鳴るし、人格否定もするし、物にも当たります。

そして私も、悟りを開いたわけでもなければ、夫がキレれば普通にイライラします(笑)

つまり、現実はほぼ変わってません。

でも私は、以前よりかなり精神的に楽になりました。

「境界線を引いたら人生が180度変わった!」

みたいな話を期待してこの記事を読むと、たぶん後悔します(笑)

それでも

「読んでやろうじゃないか」

と思っている変態な読者様は、そのまま続きをどうぞ。

目次

夫が怒っても、以前ほど巻き込まれなくなった

境界線を引く前は、夫が怒鳴ったり、私の人格を否定するような暴言を吐くたびに、精神的にかなりダメージを受けていました。

夜ベッドに入ると急に涙が出て眠れなかったり、やっと寝ても悪夢でうなされたりしていました。

食欲も落ちて、希死念慮まで出るようになり、最終的には精神科を受診しました。

精神科で診断書を取るまでの話|モラハラ夫との生活が身体と精神に与えた影響

それに、めっちゃ老けました(笑)

鏡を見ると、何かに取り憑かれてるみたいに怖い顔してたんですよ。

ここまでボロボロになっても「嫌」と言えなかったのは、もともと私に嫌なことを我慢してしまう癖があり、そこに夫のモラハラも重なっていたからです。

だから私にとって、境界線を引く中で「嫌なものは嫌」とハッキリ言えるようになったことは、かなり大きな変化でした。

実際、厚生労働省の補助事業として運営されている女性支援ポータル「あなたのミカタ」でも、バウンダリーを引くうえでは、まず「こういうことをされると嫌だ」という自分の気持ちを押し込めずに認めることが大切だと説明されています。

また、加害的な態度をとる相手の要求に「NO」と言うことも、具体的な行動として挙げられています。

今では夫がキレると、

「はあ、こいつマジで疲れる」

と普通に口に出します。

夫はアメリカ人で、どうせ日本語はわからないので(笑)

ていうかわかったとしても、どうでもいい。

それより、ムカついた気持ちを自分の中に溜め込まないことのほうが大事です。

そして、怒鳴られたり、理不尽なことをされたときは、夫の怒りの強さによって加減はしますが、「嫌」と本人にハッキリ言うようになりました。

夫が怒ったあとも、以前のように大きな精神的ダメージを受けて、その後まで引きずることはかなり減りました。

何年もあれだけ振り回されていた私にとって、これは大きな変化です。

夫が何を考えようが、どうでもよくなった

境界線を引く中で、私の中にかなり立派な「知らんがな」が育ちました。

以前は、夫が怒ったあとまで、あいつが何を考えているのかを気にしていました。

今はもう、知らんがな。

夫に反省を求めなくなった

以前の私は、夫が前日に散々怒鳴って暴言を吐いたあと、翌朝になったからといって普通に接する気にはなれませんでした。

そりゃそうです。

好き放題キレて、寝て起きたら妻はいつも通り。

夫、メシウマじゃん。

「昨日あれだけのことをしたんだから、少しくらい自分が何をしたのか考えろよ」

と思って、翌日も距離を置いたり、態度に出したりしていました。

たぶん私は、そうすることで夫に反省してほしかったんだと思います。

そもそも悪いのは、暴言を吐いて暴れている夫のほうなので、翌日も普通に接しなかったこと自体は間違っていたとは思いません。

ただ、あるとき気づきました。

夫に反省してほしくて、私まで翌日ずっと嫌な気分で過ごしてる。

それ、誰が一番損してる?

私じゃん。

夫が反省なんかするわけないのに、そんなことをして私の一日まで潰すのがアホらしくなりました。

いやそれ、もっと早く気づけよ私。

「許された」「愛されてる」?勘違いしとけ

以前の私は、夫がさんざん暴れたあと、私が普通に接したら、

「もう許された」

「結局、俺のこと好きなんじゃん」

と思われるんじゃないか、それが嫌でした。

実際、夫はいまだに「私は夫のことを愛してる」と盛大な勘違いをしています。

キモ。んなわけないじゃん。

私が普通に接しているのは、夫に「許したよ♡」と伝えたいからでも、「あなたのこと大好き♡」という意思表示でもありません。

むしろ、気持ち悪いし話しかけんなって感じです(笑)

でも、夫が勝手に「許された」「愛されてる」と思っているなら、もうそれでいいです。

好きに勘違いしとけ。

夫への愛情はどう変わったか

最初はもちろん、夫のことを愛していました。

どうしたら夫が怒らなくなって、優しい人になってくれるのか、私なりにできることはかなりやりました。

でも、私がどう頑張っても夫は変わらない。

私の中の愛情は、夫が怒鳴り散らすたびに少しずつ減り、理不尽なことをされるたびにさらに減って、何年もかけてからっぽになりました。

境界線を引くようになった頃には、もう愛情は干からびてました。

それと同時に、「私はもう十分やった」と思えるようにもなりました。

ちなみに今、私の愛情のすべては愛猫のギズモに注がれています。

もうこれ以上こいつに私の精神と時間を食わせたくない

この記事を書きながらいろいろ調べていたら、今の私にかなり近い考え方を見つけました。

アメリカの精神科医マレー・ボーエン(1913〜1990)が提唱した、「自己分化(Differentiation of Self)」です。

ボーエン理論の研究・教育機関であるBowen Centerでは、自己分化が高い人は、対立や批判、拒絶に直面しても、相手の感情やその場の圧力に流されすぎず、自分で考えて行動できると説明されています。

簡単に言えば、相手の感情に引っ張られすぎず、自分と相手を分けて考える力のことです。

これを読んだとき、

「あれ? 私、今まさにそれに向かってない?」

と思いました。

私は、自己分化なんて言葉を知っていて境界線を引いていたわけではありません。

夫と暮らしながら、どうしたら自分が一番疲れずに済むのかを考えて、その都度やり方を変えてきました。

今は、夫が怒っても私まで言い返して同じ土俵に乗ることが減ったので、以前よりだいぶ楽になりました。

ボーエン、ありがとう。

Rest in peace.(安らかにお眠りください)

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